義父の形見の言葉〜罪を憎んで人を憎まず〜


10月下旬、ちょうど1年前に亡くなった義父の1年祭を行った。
生前の義父は自身の店舗を経営する中で様々な障害や困難を潜り抜けてきたんだけど、

そんな中で一貫していたポリシーのひとつに「罪を憎んで人を憎まず」という言葉を
よく口にしていた。人の犯した罪は憎むべきだがその人まで憎むべきではない、
っていう意味。

いやぁ〜確かにカッコイイと思うよ、だけどもいうは易し行うは…。
ハッキリ言ってあたくしには無理ゲーレベルだ。

ソレでも義父は「オレはずっとこの考えでやってきた。」といい切っていた。
お店や会社を経営している方ならば分かると思うんだけど、お客様の笑顔を見れるのは
何よりうれしいし、励みにもなりまた楽しみでもある。

だがソレとは逆に望まぬトラブルや不慮のアクシデントに見舞われることもまた
避けては通れない。経営者はそれ相応の精神性と倫理観を持ち合わせているけれど、

その下で働く従業員が経営者と同じかそれ以上なんてのはなくはないけど滅多にない。
そのギャップによって経営者にとってはあり得ないといえるトラブルやアクシデントの
元凶になっているといえるよね。

いつまでもあると思うな親と金、いつまでもないと思うな事故と災難、
っていうヤツだ。最たるものはお店の売り上げや資金を従業員に持ち逃げされるコトだ。

当たり前だけどそんなコトをすれば業務上横領という犯罪でお手手が後ろに回る事案
である。で、そんなケースで義父は警察沙汰にはせずその代わり横領を働いた従業員
には速やかにその金額の返還をさせたのちに解雇

(実際にはその流れで周囲の冷たい視線に堪えながら業務を継続するなんて著しく
困難であるため従業員自らが退職を選ぶ、というのが正しい)している。

義父のスゴいところは罪を犯した従業員を泣くほど怒り飛ばすんだけど、いいたい

コトいった後はソレ以降話題にもしないコトなのだ。お店を長年経営していてそんな
決して面白くない経験を何度もさせられたというのに、そんな義父からは相手への
憎しみの念を感じなかった。

あたくしも20代ぐらいの時分はその心情が理解できなかったけど、歳を喰ったぶん
今では恨みや憎しみなどの破壊的な感情を周囲にブチまけたところでせいぜい一時の
ストレス発散にはなったとしても、実際には幸せが遠のくだけでイイコトはなにも
無いというのが分かってきたからだ。

「罪を憎んで人を憎まず」義父の発した形見の言葉。
秋の夜長にナベものとともに焼酎のお湯割りを愉しむあたくしの脳裏には
今でも義父のその声は響いている。





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